手力雄神社の火祭り
2004年4月10日(土) 晴れ 18:00〜21:10(花火御輿宮入〜火祭り終了)
岐阜県岐阜市蔵前 手力雄神社境内


 春も深まり、木々の緑も色濃くなってまいりました。花火の季節が少しずつ近づいてくるようで、気持ちがそわそわと浮き立ってきます。
 ところが、今春は辛い春になりました。勤務環境の激変に見舞われ、連日連夜、深夜にまで及ぶ残業は、社会人の宿命とはいえ、体力的にも精神的にも厳しいものです。意を決してHPを公開した直後の激震、お便りをいただいた方々への返事を出すことすら滞ってしまうほどの哀れな状況なのです。辛い時こそ「花火に逢いたい」そんな想いを切に抱きながら、がむしゃらに励みました。そしてようやくその日が訪れたのです。4月10日、この日は待ちに待った花火の日、ほぼ1ヶ月間、まともに休んでいなかったので、ゆったりと体を休めたい思いもあったのですが、とにかく“癒されたい”一心で花火を求めることにしました。
 この日は、ほんの一月前まで愛知県小坂井町の「風まつり」と決めていました。ところが、愛知県東部にまで及ぶ長距離遠征は、疲れ果てた私にはとても辛いものです。そこで遠征距離を短縮し、且つ幼い頃から通い慣れた愛着のある街、岐阜市で開催される「手力雄神社の火祭」を訪ねることにしました。 
 今春の初花火は、疲れきった私にちょっぴりエネルギーを注入する、熱気と興奮を覚える衝撃的な花火となります。300年の伝統を誇る神事、美濃路に春を呼ぶ天下の奇祭「手力雄神社の火祭」が私に元気を与えてくれたのです。


 春の穏やかな日差しに映える新緑の鮮やかな緑に包まれた中山道を東へ快適に走ります。澄みきった青空の下、咲き誇る満開の桜ロードはあまりにも美しく、伊吹山を正面に眺めながらのドライブに気分が晴れ晴れとします。
 存分にドライブを楽しんだ後に目的地が近づいてきました。手力雄神社は岐阜市東部、各務原市との境目付近に位置します。国道21号線が22号線と交差する立体交差点を東に抜け、少し進んだ先を左折すると程なく手力雄神社に到着します。通りかかった名鉄各務原線手力駅からでは、徒歩5分といったところです。

立火棚:各町毎に趣向を凝らした飾り付けが見事
左から順番に
 那須与一・一寸法師・大奥崩壊・金色夜叉・新撰組
 ・新撰組・助六揚巻太夫・牛若丸と弁慶
が描かれています

 民家と田圃が複雑に混在する一角に手力雄神社はありました。周辺の道路が封鎖されていることもあって、車で神社に近づくことはできません。思っていたよりもずっと町中にある神社でした。狭い参道にはびっしりと露店が軒を連ね、大勢の観衆が繰り出して祭りの雰囲気を盛り上げています。その先では会場から流される演歌が路地を抜けて伝わってくる、まるで人々を誘っているかのように。
 路地を通り抜け、手力雄神社の境内に入ってみると、立火棚、御神燈、滝花火などが所狭しと立ち並んでおり、実に壮観な眺めです。目に付いたのは、火祭りに参加している8つの町がそれぞれに物語・歴史上の英傑などを題材にした人形などを配した飾り付けの舞台(立火棚)、動く仕掛けもあって、訪れる人々の目を存分に楽しませてくれる見事なものでした。

 私は会場に15時頃入ったのですが、この時点では今夜の身動きできない程の混雑、徹底した観客誘導による安全措置など想像できない状態です。境内南西の立火棚を真横から見渡すエリアにカメラマンが集結しているくらいで、後は閑散としたもの、思い思いに好位置を確保しているカメラマンも実に多く見受けました。ただし、地元の方々なのか、規制のロープを挟んだエリアに既に場所を確保した方々が沢山おられ、「花火が始まるとロープの内側に入っている人は全て退去させられるよ」っていう話に、何かぞ〜っとする予感めいた気がして、私もこの付近で観覧することにしました。場所取りっていう訳ではないのですが、持参したシートが早速役に立ったのです。

これゴミじゃないよ
みんな爆竹の燃えかすです

 さて、これから暫くは私の趣味の時間、妻に場所を託して会場内の散策を始めました。
 岐阜県重要無形民俗文化財に指定される手力雄神社の火祭り、会場内に掲示された岐阜県教育委員会の説明によると、いつからはじまったのか起源は明らかでないが、明和年間(1760年代)に一時中断し、文化二年(1805)に復活したといわれます。幾多の変遷を経て現在の姿になたとのことで、毎年4月の第二土曜日に、手力雄神社の春の例祭として行われます。
 ほぼ正方形の形をした手力雄神社の境内は、東側に拝殿からまっすぐに延びる石燈籠の参道。反対の西側には見事な飾り付け舞台の立火棚。南側中央には大会本部席が築かれ、北側には桟敷席が設けられている。境内の中央では、20メートルはありそうな巨大な御神燈が東側に13本と、舞台前に滝花火が8本立ち並び、これらを支えるロープと点火するためのロケット花火を通す配線などがあちこちから複雑に結ばれています。舞台では仕掛け花火が行われるのか、準備に余念がない。桟敷の準備も見る見るうちに出来上がっていった。会場におられる壮年の方々による作業が着々と進行しているようです。
 ところで、境内を隈無く見渡すうちになんだかとんでもない空気が漂ってきます。神社の周辺には今夜の火祭りに対する注意事項が所々に掲示されており、火薬を使う祭りである趣旨を充分に説明している。倒れないように柱とロープでしっかりと固定された石燈籠。真ん中の参道は大量の爆竹の燃えかすであふれている。爆竹の燃えかすは付近の路地の至る所で目についたのだが、拝殿前参道の量は半端ではない。これを目の当たりにするとただならぬ予感がします。やがて、桟敷が開場される。社務所には大勢の人々が押し寄せて、直ぐに埋まっていった。お弁当とお酒つきで・・。う〜ん、いったい何が人々をこれ程に引き寄せるのだろう。
 18時前になると、境内は大勢の人々でごった返す、規制など関係ないかのように、境内は人々であふれている。消防団の方々も大会本部前に集合、整列して火祭り警備の訓辞を受けています。同時に遠くから爆竹の音が少しずつ音量を増しながら伝わり、これを受けて場内は少しずつざわめき熱気と緊張を帯びてくる。もう間もなく始まる火祭りの強烈な洗礼を受ける時が迫ってきました。
 これから始まる神事が火薬を用いたものである趣旨を改めて説明したうえで、間もなく始まる飾り御輿(以下「花火御輿」という)の宮入を迎えます。驚いたのは、耳をしっかりと塞いでください(特に子供達と参道付近にいる観衆に対して)と繰り返し注意喚起されること。遠くから伝わっていた爆竹のバンバンという爆音が音量を増してくる。ワッショイワッショイという勇ましいかけ声と共にあの爆音が境内に迫ってきた。注意のアナウンスが現実のものとなるのです。
 宮入は猛烈な爆竹の爆音を先導にして迎え入れられるものだった。鳥居をくぐり境内に入った途端に大量の爆竹がばらまかれる、瞬く間に爆音に包まれるのです。とにかくこの音のすごさはたまらない、「バババーン!バチバチバチ!」という耳をつんざく轟音に、他の何も聞き取ることはできない、想像を絶する爆竹の音の威力を体験するのでした。続いて裸男達に担がれた各町の花火御輿が勇ましいかけ声と共に境内に繰り出して、早速、御輿に仕掛けられた花火に点火されます。これは、玩具花火のようなものを御輿に仕掛けたもので、バチバチと音を立てながら、花火が勢いよく火を噴きます。爆竹の轟音とシューと火花を放つ花火、荒れくれ男達の威勢のいいかけ声、この瞬間、場内のボルテージは一気に熱気を増してくるのでした。

御神燈

 1基目の飾り御輿の宮入り、いきなりの猛烈な爆竹の洗礼を受け、驚きと興奮で何がなんだか判らない状態に陥るのですが、やがて後続の御輿が呼び出しのアナウンスに導かれ宮入りを始めると多少は冷静さを取り戻しながら鑑賞できます。花火御輿は全部で8基、各町毎に趣の異なる趣向を凝らした御輿で、特色は派手な電飾の装飾を纏っていること。夕闇に包まれた後半に宮入する御輿は、暗闇にくっきりと浮かび上がって、一層美しさが際立ちます。
 宮入を終え立火棚の舞台下に各町の御輿が参集すると、次のプログラム、御神燈の点火へと進みます。さて、ここで境内にあふれる観衆の大整理が行われるのです。これからの神事を執り行うに際し、安全を確保するために観衆は規制を示すロープの外に全て出てもらう旨アナウンスがなされた後、消防団、警察が輪になって拡がるようにして、一気に人々を押し出していきました。許可証を持っていないカメラマンも同様に退去してもらう旨繰り返しアナウンスがなされ、場内は騒然となって整理されていくのです。私たちも後方に退いてみんなで場所を譲り合うのですが、それにしてもどうにもならないギュウギュウ詰め、三脚を広げて構えるスペースなど無い有様でした。「これじゃ落ち着いて撮影なんてできんよね〜まぁしゃぁないっか〜」って妻と顔を見合わせるより仕方ありません。
 20メートル程はあろう巨大な御神燈、全部で13基立てられています。頂上部の三角形に掲げられた行灯が特徴の御神燈には、ナイアガラのような花火が仕掛けられており、風によって花火が大きく流れることから、事前に徹底した安全措置が取られたのでした。
 ようやく場内の混乱が収まった後に、御神燈への点火が行われます。境内のあちこちに仕掛けられた、ロケット花火が御神燈目指してするするっと昇って行くもので、御神燈の下から、立火棚から、時には観衆の中からロケットが発射されることもありました。仕掛け花火もナイアガラの他に大量の爆竹を仕掛けたものがあって、こちらはバチバチと音を立てながら爆竹が地上に降り注ぐもので驚きです。火の粉が降り注ぐ中、空中では火が徐々に導火線を伝って行灯に点火されていくさまも見事なものでした。ところで御神燈の数と宮入したお御輿の数が合致しないことは、氏子のうち全ての神事に参加する町と一部の神事に参加する町によることのようです。

火を噴く花火御輿を担ぐ裸男たち
舞台から一斉に火を噴く手筒花火、下では若者が
乱舞する、この光景は言葉にならない。

 さて、これが終了するといよいよ見せ場が訪れます。滝花火の点火と花火御輿の乱舞に移るのです。花火を仕掛け直した御輿を担いだ若者達が鉦を打ち鳴らしながら、ワッショイワッショイと気勢をあげて練り歩きます。すると突然“ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!”と雷が5発地上で炸裂する。うぉ〜突然の轟音に再び場内は大きくどよめきます。これはまるで段雷を地上で自爆させるもの、以外な出し物にこれまた驚きました。
 巨大な手筒花火を空中に寝かして仕掛けたような滝花火に火が入り、オレンジ色の炎が勢いよく降り注ぎます。勇壮な炎の禊ぎが始まりました。鉦の担ぎ手が最初に飛び込んで禊ぎを受けた後に裸男たちが担ぐ花火御輿が炎の中に繰り出します。すると御輿に仕掛けられた手筒花火のような仕掛けに火が点り、御輿からオレンジ色の炎が何本も噴き出します。御輿に仕掛けられた花火と滝花火の火の粉を何度も浴びながら乱舞する光景には言葉を失う、思わず「熱そうや〜大丈夫やろうか」と心配し、眺めているだけでも手に汗握る緊張感と迫力があって、場内は異様な熱気に包まれるのです。 打ち上げ花火が禊ぎに華を添える。立火棚に仕掛けられた各町毎の文字仕掛けが浮かび上がり、乱玉などの箱物の仕掛け花火が勢いよく夜空に放たれ、こうして各町毎に順次奉納されていくのでした。
 滝花火の奉納は1時間くらいにわたって続くもので、これを終えると奉納仕掛け花火(文字仕掛+乱玉打ち上げ)を交えながら、舞台はクライマックスへと向かいます。立火棚には手筒花火を手にした氏子たちが立ち並び、その下では鉦を打ち鳴らす若者が乱舞しています。舞台に仕掛けられた回り火に火が入り、くるくるっと炎が回るのを合図にして、一斉に手筒が火を噴きます。これは信じられない光景でした。まるで手筒花火のワイドスターマインのようなもの、何十本もの手筒が一斉に火を噴くさまは壮観です。その下では若者たちが狂喜乱舞するかのように炎を浴び続けるもので、実に数分間にもわたってこのような光景が繰り広げられました。もう信じられない世界にただ圧倒されるばかりです。
 21時頃、終幕の奉納「仕掛け花火と山焼花火への点火」が行われます。これは立火棚に仕掛けられた花火が一斉に火を噴くもので、乱玉、トラの尾がワイドスターマインのように舞台のあちこちから放たれます。やがて、舞台に並べられた手筒のような仕掛けからが一斉にボボボーっと火柱を噴き上げ、まるで山が焼けているかのような演出がなされます。終幕は花火の奉納ということで、夜空を彩る花火を落ち着いて見上げていられるものと思っていたのですが、最後の最後まで意外な出し物に出くわして驚きの連続です。

 こうして、21時過ぎに神事は滞り無く無事に終了します。ところで本部席から司会進行がなされるのですが、その差配があまりにも見事なものでした。ロケット花火が上手く飛ばない、行灯が燃え落ちそうになる、花火の火が観客席に飛び込みそうになったりするシーンもあるのですが、その度に機敏且つ的確な指示を下し、石燈籠に登るカメラマン、危険な行動を取る観衆にはすかさず本部席から注意を入れる。すると消防団、警察が一体になって直ちに行動する見事な連携にも感心しました。これは相当な経験と厳正な規律を保っていないと、とてもできないものです。

仕掛け花火と山焼花火
火柱が噴き上がる中、小型花火がワイド
に炸裂する

 先程まで炎の絵巻が繰り広げられた立火棚に近づいてみました。火薬の匂いが立ちこめる舞台は、勇壮な火祭りの余韻を残しつつも静かにライトアップされ、夜空に鮮やかに浮かび上がっています。その風情はまことに幻想的で、えもいわれぬ情景に胸を打たれます。(炎を浴び続けて傷ついた人形、飾りつけもありましたが、それでも立派に浮かび上がっています。改めて感心します。)火祭りの勇壮さばかりに目が行ってしまいそうな手力雄神社の祭礼ですが、どうしてこれほどにも凝った華やかな飾り付けの舞台を築くのでしょうか。そんな気持ちを覚えずにはいられません。

 今夜はいつまでも記憶に残る衝撃的な伝統の花火を経験することができました。仕事でストレスがたまり、疲れ果ててふと花火を見に出かけたくなるような気分になったら、こういう花火もいいものだと思う。日常では考えられない世界にきっと元気を注入されるはず。夏の打上花火とはまったく違う感動が心に伝わってきます。
 心身共にリフレッシュ。素晴らしい花火をありがとうございました。


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